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「学びの銀河」プロジェクト
連載「私とESD」
03
まわりはすでに多文化、
さあどうする!
松岡 洋子 先生
科目「多文化コミュニケーションB」ほか
»岩手大学研究者データベース

―― ESD科目の「多文化コミュニケーションB」はどんな講義ですか。

松岡  ESDのEは教育ですよね。それが持続可能な発展とどのように結びつくか考えたときに、どんな分野でもコミュニケーション能力は大事だと思うんです。ここで「多文化」というのは、留学生と日本人という「多文化」だけではなくて、専門性の多文化性であったり、性別・年齢・育ってきた環境、そういう個人的な多文化性も含めたかたちでの多文化なんです。日本人の集団の中でも多文化がある。
  そういう文化の違う人たちが集まって何かをやろうとしたときに、どういう問題がおこってくるのか。どういう面白いことがおこるのか。学生にいろいろ体験してもらって、そこで気づいてもらって、じゃあどう行動したらいいかを自分なりのスキルを得ていく最初のきっかけにしたいんです。
  今期は、1年生20数人と、留学生が10人くらい受講しています。毎回作業をしてもらうんですけど、気づかされることが多いようです。とくに日本人のほうが。

―― 具体的にはどういう作業をするんですか。

松岡  今期の最終的な作業目標は、大学の留学生募集パンフレットを作る、というものです。5人1グループ、例えば留学生1人に日本人4人というグループで話し合いをしながら作業をしてもらいます。A4三ツ折りくらいの小さなものなんですけど、その中で留学生にキャッチーなもの、必要な情報って何だと思う? ということを考えながら仕上げる。これはコンペ形式にして、一番いいのを表彰します。
  そうすると、目先の技術にはしりがちなんです。デザインとか。そうではなくて、このパンフレットを見て、岩手大学に来たいと思うかどうか。必要な情報が入っているかどうか。もっと詳しく知りたい場合はどこに連絡したらいいか。そういうことに気づけるかどうかがポイントです。
  ただ、それに至る前に、グループ作業に慣れていない学生がほとんどなので、まずは自己紹介から始めてもらいます。それも、名前と学部だけではなくて、何に興味があってどんなことをしたいかを、どうやって伝えたらいいのか。そういうところからの練習なんですね。
  この前の月曜日にやったのはKJ法でした。大学構内の自転車問題について考えてごらん、ということで原因・状況・解決策を出してもらう。「駐輪場所を増やす」とか「看板を増やす」「罰金をとる」などのアイディアが出てきます。あとは「ルールを守れるように気持ちがゆったりするBGMを流す」というのも出てきたんですよ。その中から実現可能な解決策を考えるのは、来週やるんですけど。
  情報が必要だということはわかる。いろいろな考え方があって面白いということもわかる。だけど、具体的な課題を解決するときに、その面白さや多様性を活かしていくにはどうしたらいいかってことは、練習しないとできないんですよ。だから練習をする。
  グループは毎回、国籍・性別・専門が分散するように作ってもらうんですが、「はいどうぞ! 分かれな!」と言っても立ちすくんじゃう。「え、どうするどうする」ってキョロキョロしてる。そのうち積極的にグループをつくる人も出てくるんですけど、なかなか。

―― 小学生みたいに「猛獣狩りゲーム」でグルーピングするわけにもいきませんしね(笑)。

松岡  リーダーシップをとれる学生が出てくればグループもつくれるんでしょうけど、まだそこまできてない。
  他には、外国人が住んでる家の隣に自分が引っ越してきたとして、その間での問題解決をどうするか、ということも考えてもらいました。
  そこで愛知県豊田市の事例を話すんですね。具体性がないと絵空事で終わってしまうので。日系ブラジル人が半分、日本人が半分というコミュニティの事例です。ゴミ出しとか騒音とかの規範が違う。「そこに住んでるとしたら、あなたどうする」「話し合う」「話し合うったって、言葉は通じないよ」「通訳をつける」「毎回どうやって連れてくるの」と考えてもらった上で、実際にそこで活躍している自治会長さんの話をする。
  そこでは「どこに認識のずれがあるのか」を見つけている。どっちが悪いとか、郷に入っては郷に従え型では、すでに半々に混住しているところでは解決できないからです。対立型・引っ込み型のコミュニケーションではなくて、どこまで双方が歩み寄れるかというアサーティブ(Assertive)コミュニケーションというものがある。「じゃ、どうやってそれをやるの」という話をする。
  相手の主張を理解するまではできるとして、それを解決していく能力がないとコミュニケーション能力とは言えないでしょ。「ああ、わかった」だけでどうするの。これを、最初に言ったパンフレットづくりの中で学んでもらう。相手が聞いていないことを前提にして、どう聞かせるのか。どこまで批判していいのか。どう妥協するのか……。
  理想的には、教養教育のあいだにこういうことを知ってもらいたいんです。専門とは関係ないかもしれないけど、いずれ専門でも活かされるはずです。残念ながら、まだ「ああ、そういえばそういうこともやったね」で終わっていますけど。1年生だと、専門については、まだピンとこないのかもしれない。
  多様なこと=ネガティブ、と捉えてほしくない。多様性を面白いと思ってもらいたいんです。それが一番の願い。ぐちゃぐちゃなことって、面倒くさいじゃないですか。

―― 画一的であることより、多様であることのほうが可能性がある、というのは頭ではわかってるんですけど……。

松岡  わかってるだけじゃダメなんです(笑)。多様であることは大変なんです。だからコミュニケーション能力が必要です。実際の大変さを経験してほしい。
  絵空事だけで議論してると、ものわかりのいい解答しか出てこない。だから私が時たま入っていって、例えば現実の教育委員会がした対応とかを示してかき回す。「日本の方式にあわせてください」「予算はありません」「人員も割けません」、現実はこうじゃぁ! って。

―― なんか意地悪な講義だな(笑)。

松岡  学生も「先生いじわる」って言いますよ。でも世の中って意地悪なんだよ、現実はこうなってるんだよ。
  現実はコンフリクト(対立)ばかりなんです。でも、じゃあ決裂していいのかというと、それでは社会が成り立たない。もう混ざっちゃったんです。もとに戻れますか。
  コンフリクトがないコミュニケーション術というのは、小学校のうちにやればいい。みんなが仲良くしましょう、というのは必要です。でも、大学生になったら、「現実はこうじゃないぞ、それをどうするの」ということをやらなければならない。問題から逃げるのも解決策の一つで、それもアリなんですが、考えないで逃げるのはもう無理です。
  岩手県でも、外国人労働者がいなくなったら工業も農業も医療も崩壊します。工場でも「研修生」のほうが多いところがあります。愛知のある小学校は、今度の新入生から外国人のほうが多くなるんですよ。でも、まだ「隣にいない」って思ってて、みんな知らないフリをしてる。崩壊させたくない、持続させたいというのなら、見て、考えないないと。既成概念で現実を見ようとしても、社会はもう もちません。
  だから多様性を楽しんでほしいんです。「あ、これもある」「使えるよな」って思えると明るくなる。こうじゃなきゃダメ! と考えるのが今の日本人です。難しいですけど、変えたいんです。
  なんで若い人がこんなコンサバ(保守的)なのかと思いますよ(笑)。やっぱり、どこかで大人を見てるんですね。ちょっと変える、という発想がない。ルールを守るのも大切ですけど、ただ「ねばならぬ」ではなくて、何で「ねばならぬ」のか考えてほしいです。
  日本は、言語でもそうですけど、もともと多様性を受け入れてゆるく変化してきています。それをもう少し意識して、良い方向に使っていけないかと思います。

―― 先生の研究と持続可能性の関係について教えてください。

松岡  私の現在のテーマは、移住社会と言語です。単言語ではすまないんですよ。いま地方自治体も多言語化しようとしています。相談窓口や条例などでも、対応の努力がされています。
  正式な会議では通訳を入れますけど、日常でいちいち通訳を使うわけにはいかないですよね。だから今は、外国からやってきた人に日本語を教えて、こっちに寄ってきてね、という教育をやっています。
  それをボランティアに頼ってるんですよ。国がお金を出している部分はほとんどありません。ボランティアの養成講座も自治体がやっている。ドイツや韓国などでは、様々な課題はありますが、国が統括しはじめています。私は、基礎的なところは政府が責任を持つべきだと考えています。
  また、現在おこなわれている日本語教育は、ネイティブのようになってくださいという教育ですが、みんながみんな高いレベルにならなければいけないというのはおかしい。できない人が辛くなるのは嫌なの、私。まあいいかこのくらいで、でもいいじゃないですか。なんで日本人のほうが歩み寄れないのかと思います。
  日本人に言うように難しくしなくても、「この税金はコンビニでも払えるから払って下さい。何月何日まで」でもいいでしょ。二流の日本語ではなくて、易しく言うことができるはずです。日本語を日本語に通訳する人も必要です。じゃあどのくらいのレベルか、と言われるとコミュニティによって違うだろうから難しいですが。EUは、必要とされる言語レベルを基準を、移住者の職業や分野ごとに決めています。
  このあいだ地域の人に話したんですけど、これからは中国のお医者さんに看てもらって、フィリピンの人に介護してもらうようになるかもしれません。「そのときにタガログ語で、ありがとうって言えたほうがお互いにいいでしょ」と言うと「じゃあ、おぼえなきゃな」となるんです。
  このような移住者の定住問題というものは、強い立場にいる間は、わからない。自分が子どもを産んだり、齢をとったりしていないから、わからないだけです。弱者から問題に出会います。そして岩手県は弱者のほうが多い。早く手を打たないといけないんだと思います。そういう危機感を持ってます。
(談)
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